東北の盛岡で生まれ育った大西民子にとって、春は大宮に来てからも待ち遠しい季節でした。
民子は盛岡にいた幼い頃の思い出として両親と毎年3月のひな祭りを祝い、もうすぐやってくる春の訪れが待ち遠しかったとエッセイに書いています。
今回の展示では青春時代を過ごした「奈良」、教師になり新婚時代を過ごした「岩手」、25歳で移住してから69歳で亡くなるまで住んだ「大宮」と、民子が過ごした時期を3つに分け、春について詠んだ歌をご紹介しています。
是非、大宮図書館3階文学資料コーナーへお立ち寄りください。
長年大宮を拠点に活動を続け、戦後を代表する女流歌人のひとりとなった大西民子は、1924(大正13) 年に盛岡市八幡町に生まれました。
盛岡市立城南尋常小学校に入学した民子は、盛岡の天神山で石川啄木の歌碑を目にして短歌に興味を持ちます。歌だけでなく啄木の破天荒な生涯にも惹かれた民子は、自分もあえて故郷から遠く離れた奈良女子高等師範学校に進学することを選ぶなど、その人生にも大きな影響を与えました。
今回の展示では民子の歌風と人生に影響を与えた啄木の生涯や歌とともに、民子が選んだ啄木の歌100選の自筆原稿、啄木に影響を受けた民子の短歌などを紹介します。
是非、図書館三階文学資料コーナーへお立ち寄りください。