大宮ゆかりの歌人・大西民子は、歌を作るにあたって、絵画からも多くの影響を受けており、絵のことを「歌をゆかたにするもの」と表現しています。そのためか、民子の歌には絵や画家の名前が度々登場します。
また、民子自身は岡鹿之助といった画家の絵を好み、岡鹿之助の絵のような歌を詠みたいと目標にしていたほか、自宅に絵も飾ったりと、絵に親しんでいました。
今回の展示では、絵画を題材にした民子の歌の自筆資料と、絵にまつわる民子の所持品を展示します。
長年大宮を拠点に活動を続け、戦後を代表する女流歌人のひとりとなった大西民子は、1924(大正13) 年に盛岡市八幡町に生まれました。
盛岡市立城南尋常小学校に入学した民子は、盛岡の天神山で石川啄木の歌碑を目にして短歌に興味を持ちます。歌だけでなく啄木の破天荒な生涯にも惹かれた民子は、自分もあえて故郷から遠く離れた奈良女子高等師範学校に進学することを選ぶなど、その人生にも大きな影響を与えました。
今回の展示では民子の歌風と人生に影響を与えた啄木の生涯や歌とともに、民子が選んだ啄木の歌100選の自筆原稿、啄木に影響を受けた民子の短歌などを紹介します。
是非、図書館三階文学資料コーナーへお立ち寄りください。